第10回 取り返しがつかなくなる前に(上)

初出:ラブピースクラブ 2016年10月5日

 

 

更年期障害とは、更年期の年齢(日本人女性の場合、平均的に45歳~55歳ぐらい)に起こりやすい「女性ホルモンの急激な減少」が招く、さまざまな身体の不調のことです。

ここで重要なのは「何歳だから更年期障害」「何歳だから更年期障害ではない」というような考え方にはあまり意味がないというか、年齢にこだわりすぎて、不調を治すチャンスを失うこともある、ということです。

そう思うようになったのは、私自身が非常につらい思いをして、取り返しがつかなくしてしまった経験を持っているからです。

 

前に、更年期障害の症状は200以上あると書きました。

一般に更年期障害と呼ばれる症状以外にも、女性ホルモンの減少を原因とする不調は数々あるようです。

さらに加齢による不調、つまり老化現象も起こる可能性があります。

もちろん個人差がありますが、私の場合は48歳ぐらいから54歳ぐらいまでの期間は、あっちもこっちも調子がおかしくてかなりつらい毎日が続きました。

 

最初に、「これは何か大変なことが起きているのでは……?」と思ったのは、全身の関節の痺れです。

特に起床時にひどく、どうやって起き上がろうかと悩むほど、どこもかしこも力が入らないのです。

結婚していたときにお姑さんが、

 

「年を取るっていやね。朝起きるときに、バラバラになった身体を、どこからどう組み立てたら起き上がれるかって考えちゃうのよ」

 

と嘆いていたことを、「こういうことだったのか!」と思い出しました。

お義母さん、つらかっただろうな、と……。

 

私の場合は、特に手の痺れがひどく、起床してからもしばらくは物をつかむことができないのです。

毎朝、動きにくい身体をひきずるようにしてトイレに行っていました。

そのうち、昼間でも、しばらく座っていただけで足腰が立たなくなり、地面に手を突くか、どこかに掴まらないと立ち上がれなくなってしまいました。

最初は痺れだけだったのが、痛みも起こるようになっていきました。

それも全身、あちらこちらの関節に、です。

 

これから死ぬまでこんな具合なのだろうか……。

人より早く寝たきりになってしまうのではないか……。

 

不安は尽きません。

人間って不思議なもので、痺れに悩まされたことで、どんどん消極的になって行きます。

痺れと痛みのせいで身のこなしが鈍くなり、実年齢より高齢に見えているのではないか、と思うようになると、おしゃれをして出かけることが億劫になっていきました。

 

人から見られたくない……。

お年寄りみたいな身のこなしを見られたくない……。

 

更年期の症状の一つに「鬱」があるのですが、鬱症状もひどくなっていきました。

仕事の打合せがあって出かけたいのに、鬱がひどくて荷物が作れないのです。

ふだん何気なく行っている「出かける準備」には、決まった手順があって、無意識にそれをたどっているのに、その無意識の一連の行動ができなくなりました。

何度か混乱してはやり直して必要なものをバッグに詰めるのですが、最後の最後に玄関を締める段になって、

 

「あれっ、鍵はどこだろう……?」

 

鍵を見つける頃には、のぼせて汗だくです。

時間も差し迫ってあわてて出るので、こんどは傘やジャケットを忘れたり、そもそも打合せに必要な書類を忘れたり、毎日が泣きたい思いの連続でした。

 

ふと街角でウインドーに映った自分の姿を見れば、出かける前に鏡を見る余裕もなくボサボサの髪、関節の痛みが関節にも及んでいたためヒールのないぺたんこ靴……

 

まだ50代に入ったばかりなのに、これが今の私なのだ。

これから60代、70代……と、私はどこまで老いてみすぼらしくなっていくのだろう……?

 

どんどん悲観的になり、暗澹たる思いにとらわれて、表情も冴えなくなっていきました。

しかし、もっとも取り返しのつかないある症状が起きていたことに、まだ私は気づいていなかったのです。

 

 

200以上も症状があると言われる更年期、同じ部位にいくつかの症状が同時に起きるようなことが起こります。

関節の痛みが耐えがたくなったのは52歳の冬からでした。

ちょうど母が亡くなり、実家の遺品を整理していたときに、母がよく飲んでいた関節痛に効くサプリメントを見つけました。

そう言えば、母が60代に近づいたあたりから、あちこちが痛むというので、この類いのものを買ってあげていたけれど、手放せなくなっていたのね……。

物はためしで数日飲んでみると、少し膝の痛みが和らいだような気がしました。

もうこの頃はあっちもこっちも痛くて、たまりかねると病院にかかってはいましたが、どこへ行っても、

 

「年齢ですね」

「少しでも楽になる方法があれば、と思いまして……」

「ありません」

「そうなんですね。あの、あんまりつらかったので、試しに飲んでみたんです。市販のサプリの……」

「効果ないですよ!」

 

きっと私のような患者さんが五万と来るのでしょうね。

そして、私のようにぼやくのでしょうね。

即座に話を打ち切られてしまいます。

でも、何の治療もないまま帰されるわけですから、つらくなるとサプリで誤魔化す、を繰り返すしかありませんでした。

もし時を遡行して、当時の私に会いに行けたら、

 

「一度でいいから、婦人科にも行ってみなさい」

 

とアドバイスするのに、と残念でなりません。

痺れ、痛む場所はさまざまで、その程度もいろいろです。

しかし、ある日気がついたのです。

手の指の関節が氷に漬けたような痛みに冒されていることに。

これは、ほかの―肩や膝とは異質の痛みでした。

そのうちに、指の第一関節がパンパンに腫れて、皮膚が張りきって赤らむほどになってきました。

 

「これに似た指、見たことある……あっ、お母さんの手だ!」

 

亡くなった母の手指が、60代になってからこんなふうに太く腫れあがっていたことを思い出したのです。

60代はもう更年期ではないのでは?」

「それは更年期症状ではないのでは?」

とお思いになるかも知れませんが、どうか(下)も読んでほしいです。

このことが、私がいちばん後悔している深刻な症状のはじまりだったからです。(続く)